ノストラダムスの大予言とは何だったのか

予言・終末論

No.05

1999年七の月
空から恐怖の大王が来るだろう

16世紀の医師であり占星術師
ノストラダムスの予言とされている言葉だ
20世紀の人々はこの予言を本気で恐れた
核ミサイルの落下小天体の衝突
文明が崩壊するのではないかと解釈された

しかし――
1999年、何も起こらなかった

すでに米ソ冷戦は終結し
核戦争の危機は去っていた
地球を脅かす天体も観測されなかった
そして
人々は、すぐに次の不安へと移った

2000年問題(Y2K)
コンピューターが止まり社会が混乱するという恐怖が
半年後に迫っていた
予言は外れたのだろうか
それとも、人間の不安が
姿を変えただけだったのだろうか

@ikaiyou.no.bansan

ノストラダムスの大予言とは何だったのか?

♬ オリジナル楽曲 – 異界洋の晩餐 – 異界洋の晩餐

補足資料
ノストラダムスの大予言として知られる言説は、16世紀フランスの医師・占星術師であったミシェル・ド・ノートルダム(通称ノストラダムス)が著した予言詩集に由来する。彼は1555年に『百詩篇集』を刊行し、四行詩(カトラン)形式で多数の予言詩を残したとされている。

その中でも特に知られている一節が、「1999年七の月、空から恐怖の大王が来るだろう」と解釈されてきた詩句である。この表現は原文では古フランス語で記されており、文法や語義が曖昧であるため、複数の解釈が可能とされてきた。該当箇所は、特定の年号が明示されている点で例外的であり、20世紀後半に強い注目を集める要因となった。

20世紀、とりわけ冷戦期からその終末にかけて、この予言は大量破壊兵器や天体衝突と結び付けて解釈されることが多かった。核ミサイルの発射、核戦争の勃発、小惑星や彗星の衝突といった想定が、書籍、テレビ番組、雑誌などを通じて広く流布した。これらは、予言そのものというより、当時の国際情勢や科学技術への不安を反映した解釈であったとされる。

1999年に該当する時期が到来したが、予言と結び付けられていたような世界的災厄は確認されなかった。米ソ冷戦はすでに終結しており、核戦争の切迫した危機は後退していた。また、地球に致命的影響を与える天体の接近や衝突も観測されなかった。この結果、「予言は外れた」とする見方が一般化した。

一方で、1999年の直後には2000年問題(Y2K)が社会的関心を集めた。これは、西暦の下二桁処理に起因するコンピューター障害が社会基盤に混乱をもたらすのではないかと懸念された問題であり、世界各地で対策が講じられた。この現象は、終末予言とは異なる技術的課題であったが、将来への不安という点では連続性を指摘する言説も存在する。

ノストラダムスの予言は、具体的出来事を正確に予告した記録としてよりも、後世の出来事や不安と結び付けて再解釈されてきた文献として扱われることが多い。その曖昧な表現と象徴性は、時代ごとの関心や恐怖を投影する余地を残してきたとされる。1999年以降も、彼の予言は文化的・歴史的資料として参照され続けており、その解釈や社会的受容についての言及もされている。

断片(リンク)

[降りてこなかった?「恐怖の大王」] (2018) – 日本経済新聞(90年代メディア流行と1999年非発生の振り返り)
[伝説のベストセラー作家・五島勉の告白「私がノストラダムスを書いた理由」] (2018) – 文春オンライン(著者本人の執筆意図と誤解の回顧)
[Media and New Religions in Japan] (2016) – OAPEN Library(日本での予言利用と文化現象の分析)

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