No.46
本編
アラスカ上空で寺内機長は巨大なUFOに遭遇した
だが寺内機長がUFOに遭遇したのはこの一度だけではない
1981年
台湾からのフライトで離陸直後に大きな飛行物体を目撃
不気味に感じその時は報告しなかった
二度目は自宅から
日中の空に眩い光の塊が約10分間出現した
三度目が大きく報道された
1986年11月のアラスカ上空報道後も寺内機長はフライトを続けていた
しかし1987年1月
再びアラスカ上空で謎の光に遭遇する
調査したFAA(米国連邦航空局)の担当者は報告した
「テラウチはUFOリピーターだ」
帰国後寺内機長は健康診断を受け
地上勤務に異動となった
視点
寺内機長は地上勤務となってしまったが、その後三か月ほどでフライトに復帰している。
当時FAA(米国連邦航空局)では複数回UFOを目撃する人を「UFOリピーター」と称して警戒視していたようだ。
寺内機長に関しても「スリーアウト」と表現されている。
補足資料
日航ジャンボ機UFO遭遇事件は、1986年11月17日に日本航空貨物便1628便の乗員がアラスカ上空で異常な光や物体を目撃したと報告した事例を中心に、機長・寺内謙寿の複数回の目撃談と、その後の調査・報道・人事上の扱いまで含めて語られてきた話題である。主題は単発の空中遭遇だけでなく、同一人物による反復的な証言がどのように記録され、評価され、消費されたかという点にも置かれている。
中心となる1986年の事案では、貨物便1628便はパリ発・レイキャビク経由でアンカレッジへ向かうボーイング747貨物機で、寺内機長、副操縦士、航空機関士の3名が搭乗していた。寺内機長はアラスカ上空で前方の発光体を視認し、機上レーダーでも反応があったと述べ、アンカレッジの航空管制に連絡した。FAA側の当日聴取記録には、乗員が黄色・緑・琥珀色の灯火を見たこと、360度旋回後も左側に見えたこと、当時の聴取担当者が乗員を「通常通りで職業的、理性的」と記したことが残されている。
この件は年末から1987年初頭にかけて米国メディアでも大きく報道された。一方で、後続の検討では地上レーダーに一貫した未確認目標は確認できなかったとされ、近くを飛んでいた他機も異常物を確認しなかったと報告された。そのため、この事件は「レーダーでも確認されたUFO事件」として紹介される場合と、「視認証言と機上計器の解釈が先行した事例」として整理される場合が並存している。後年には木星・火星の見間違いや大気条件の影響を挙げる説明も提示された。
寺内機長については、1986年以前にも1981年の台湾発便で離陸直後に大きな飛行物体を見たと語り、自宅から昼間の光の塊を約10分見たという話も、FAA資料を踏まえた後年の紹介で言及されている。さらに1987年1月11日には、再びアラスカ方面で不規則に脈動する光と黒い塊のようなものを見たと報告した。この1月の件は、後に氷晶を含む雲に拡散した地上光の可能性が示された。こうした複数の証言歴から、寺内機長は公開資料の紹介や懐疑的論考の中で「UFO repeater」と表現されるようになった。
事件後、寺内機長は報道対応や健康診断を経て地上勤務となり、その措置自体もこの事件を語る際の一要素になった。近年のテレビ取材では、その後に操縦職へ復帰し、最終的には定年退職した経過も紹介されている。結果としてこの事例は、UFO目撃証言、航空管制記録、報道の拡大、組織内評価、懐疑的再解釈が一つに重なった航空史上の著名事例として参照される事例の一つとなっている。
断片(リンク)
・[Record of Interview with JAL CAPTAIN] (1987) – The Black Vault(FAA一次インタビュー記録PDF全文)
・[The Fantastic Flight Of JAL 1628] (1986-1987) – UFO Evidenceアーカイブ(FAAデータに基づくまとめ)
・[日航ジャンボ機UFO遭遇事件の真相] (1986-1987) – 詳細調査資料PDF(杉江弘氏のBusiness Journal記事引用を含む。複数遭遇の文脈、FAA対応、地上勤務異動の経緯を航空専門視点で扱ったページ)


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